Coccoの病んでるおすすめ曲10選。美しくも病的な名曲たち。

Cocco 病んでる おすすめ曲 音楽

 

夢と現実の区別がつかない時がある、どうも青海ゆうきです。

 

みなさんはCoccoという歌手を知っているだろうか。

僕が初めてCoccoの曲を聴いたのは高校一年生の時。

当時椎名林檎にはまっていたことを知った友人が、もしかしたらこの歌手の曲も好きかもしれない、とCDを貸してくれたのがきっかけだった。

 

借りたのは「ブーゲンビリア」というアルバム。

このアルバムを聴いてすぐに、あ、これは大好きなやつだ、と確信した。

新しく自分の好みの曲(しかも今まで知らなかったアーティスト)を発見した時の喜びはいつになっても新鮮で心が踊る。

それから僕はCoccoのアルバムを集めるようになり、自分が好きなのは初期の曲がほとんどであることに気づいた。

そんなCoccoの病んでるけれど美しいおすすめ曲10選を紹介する。

 

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Coccoについて

 

1977年生まれ、沖縄県那覇市出身のシンガーソングライター。歌だけではなく、小説、エッセイ、絵本の作家であり、映画に出演したこともある。

バレエダンサーになることを夢見てオーディションに応募するものの、なかなかうまくいかず、上京してバレエのオーディションを受けられる好条件の新人歌手オーディションに姉のすすめで行く。

オーディションの結果は不合格だったが、レコード会社の人が沖縄まで彼女を探しにやってきて歌手にならないかと誘われる。

歌手になりたいという気持ちは当初抱いていなかったが、バレエのオーディションで自分を落とした審査員を見返してやるという気持ちから歌手になることを決める。

 

ライブのMCの様子を見ると、喋りがあまり得意でなくたどたどしく話す様子がわかる。可愛らしいトークとは裏腹に、歌になるとまるで別人かのように叫んだりもする。

歌声は美しく、民謡歌手のような高音の伸びとストレートな表現で聴く者を圧倒する力を持っている。

Coccoの曲をうまく歌うことはできてもCoccoのように歌うことはかなり難しいと思われる。

 

Coccoの病んでる美しいおすすめ曲10選

 

多くの曲を出してきたCoccoの曲の中から、とくに病んでると思う曲10選を紹介する。

美しい旋律と激しいバンドサウンドの融合で、ただ病んでるわけでもなく、ただ美しいだけでもなく、心に潜む闇を吐露するような曲たちだ。

 

首。

 

穏やかなAメロから徐々に感情が高ぶっていき激しいサビへと突入する。

過激で純粋な女性の願望というべきか。

愛してほしいという気持ちと同じぐらい「あなた」を壊してしまいたい。

それが

 

あなたと見た海に その首を沈めたい

出典;作詞こっこ 作曲 柴草玲「首。」/Coccoより

 

と締めくくられているのがなんだか切ない気持ちになる。

あなたに依存している女性の愛されたいという欲望と、そこにいないのならせめて私が壊してしまいたいという衝動をストレートに歌詞にのせている。

 

この情緒の不安定さは僕にはとても心地よく、初期のCoccoの曲の中でもとくに好きな一曲だ。

しかしシングルではないことと、収録されているアルバムが少ないのでよっぽどのファンでない限りたどり着けない曲だ(まともな動画もない)。

 

カウントダウン

 

物静かなピアノとストリングスのイントロ。

「首。」と同様サビに向かって感情が高ぶっていく。

曲調だけではなくサビの前には「撃ち殺されたいの?」と不穏な空気が漂う。

 

SMの女王様並みに相手を挑発する「わたし」。

この曲には「わたし」以外は「あの女にはできない」の「あの女」しか出てこない。

このセリフを吐いている相手は「あなた」なのか「彼」なのか「彼女」なのか。

相手は「わたし」の逆鱗に触れる罪を犯してしまっていて、「あやまりなさい」と言われているのだが、「首。」からの「カウントダウン」を聴くと、これは相手が悪い奴なのではなく、異常な嫉妬心や執着心、依存という病的な「わたし」を描いているように思う。

 

Coccoのデビューシングルであり、ファンの中ではかなり有名な曲だが、売り上げや順位は一番低い。

同じ年(1997年)に発売されたセカンドシングル「強く儚い者たち」はCoccoのシングルで一番の売り上げを記録され認知度も高い。

この曲は「カウントダウン」に比べ落ち着いた雰囲気でファンタジックな世界観を持っている。

Cocco初期の曲は「落ち着いた曲」、「落ち着きながらも病的な曲」、「激しい病的な曲」とだいたい三つに分類されるが、真ん中の落ち着きながらも病的な曲は世間に受け入れられるようだ。

 

遺書。

 

カウントダウンのカップリング曲。

タイトルの通り、自分が死んでしまったら、もし意識のない病人(植物状態かな?)になってしまったら、という前提であなたに向けた遺書。

もし後者になってしまったらあなたの手で終わらせてほしいとも。

そしてそのあと別の誰かを愛することもあるだろうけど、そうなったら幸せになってほしい。ただ自分のことを誕生日にだけでも思い出して泣いてほしい、という切ない内容だ。

「首。」にも、あなたと見た海というフレーズがあるがこの曲にも海が登場する。

タイトルに「。」がついていることも共通している。もしかしたらこの二曲は同じ人を想って作ったものではないだろうか、という推測をしてみる。

 

眠れる森の王子様〜春・夏・秋・冬〜

 

おそらく「眠れる森の美女」を題材にCoccoが創作した物語であろう。

こちらもなかなか認知度が低い曲だが、メロディーがとても秀逸。

複雑な音程でこれをカラオケで歌おうとしたらなかなか上手く歌えないことに気づくだろう。

 

ここまでの4曲は全てアルバム「ブーゲンビリア」に収録されている。

「首。」と「眠れる森の王子様〜春・夏・秋・冬〜」は他のアルバムやベスト盤にも入っていないということと、名曲揃いなので一番おすすめしたいアルバムだ。

 

 

Raining

 

三番目のシングル曲で、ベスト盤にも収録されている人気の曲。

「Raining」の歌詞には気に入っていたはずのおさげ(髪の毛)をハサミで切り落としたり、髪の次は腕を切るという自傷行為の様子が描かれている。

Coccoは拒食症で、自傷癖もあった。パニック障害や鬱を患ったりしていたことも告白している。

ミュージックビデオ(DVD)もよく見てみると腕に傷跡があるのがわかり、精神的な病気で苦しいみながら生きているということがわかる。

 

そんなCoccoだからこそ書ける歌詞だなと強く思うのが「Raining」だが、単に自傷行為について書いてあるから、ということではない。

「Raining」は

 

今日みたく雨なら きっと泣けてた

出典:作詞作曲こっこ「Raining」/Coccoより

 

という一文に集結されている。

僕自身、このフレーズにはとても共感した。

心が傷ついて弱り果てている時、さわやかな青空が広がっていたら自分だけ世界から取り残されているような気持ちになる。

もしも、世界も自分と同じように悲しんでいたら思いっきり泣くことができたかもしれない・・・。

 

僕が人生で一番病んでいた高校時代、自傷行為も酷くある教師に依存していた。

授業が終わった午後、帰ろうとしていた僕をその教師は「まだ帰らないで」と呼び止めた。

「どうして?」と訊くと「空がまだ青いから、夕方まで学校にいて」とその教師は言った。

この時、瞬時にその言葉の意味を理解することはできなかったが、そのうちに意味がわかってきた。

青空の下を絶望を抱きながら一人で帰るというのはとても残酷なことだということを教師はわかっていたんだと。

 

こういう思い出が「Raining」と重なって、聴く度に当時のことを思い出して泣きそうになる。

 

曲は絶望など感じさせないような穏やかな長調。

曲は世界の明るさを、歌詞は自分の痛みを、という風にその時の状況をそのまま再現しているように感じられる。

 

雲路の果て

 

四番目のシングル曲。

ギターを弾くあなたを想う失恋ソングだろうか。

 

喜びを知らなければそれをなくした苦しみも味わわずにすんだのだろうか、という自分自身への問いかけが繰り返されている。

これまでの曲より、歌詞が詩的である。



樹海の糸

 

五番目のシングルで「強く儚い者たち」と肩を並べるぐらいにヒットした曲。

発売から17年後の2016年、NHKドラマ10「運命に、似た恋」の主題歌に使用された。

たまたまテレビから流れる「樹海の糸」を聞いて驚いた記憶がある。

 

Aメロは3拍子と4拍子が交互になっている変拍子で、不安定さのあるスタート。

歌詞の解釈は色々とあるが、僕の解釈は「わたし」も「あなた」もアーティスト(あなたはギタリスト?)で愛し合ってはいたが、付き合っていると二人とも不幸になる、将来が見えないと思い別れることにする。

何故二人がアーティストだと思うかというと

 

わたしさえ いなければ
その夢を 守れるわ
溢れ出る憎しみを 織りあげ
わたしを奏でればいい

(中略)

あなたさえ いなければ
この夢を 守れるわ
溢れ出る憎しみを 織りあげ
あなたを愛し 歌うの

出典:作詞こっこ 作曲柴草玲 「樹海の糸」/Coccoより

 

の部分 。「溢れ出る憎しみを織り上げ わたしを奏でればいい」は、二人がいた時の不幸だったことは音楽として昇華してしまえばいい、ということではないだろうか。

(わたしは)あなたを愛し歌い(歌手)、わたしを奏でればいい(ギター)。

奏でるならギターに以外にも楽器はあるのだが「雲路の果て」で「六弦を奏でる指」というフレーズが出てくるので同じ人のことではないか、という推測だ。

 

樹海に入ってしまう場面もあり、この恋がとても苦しかったということがわかる。

 

 

水鏡

 

七番目のシングル曲。

すらーっと聴いているとこれまでの曲のように、好きな人との別れの曲なのかなと思ってしまうが、この曲の「あなた」は「わたし」と同一人物なのではないか、ということに気が付いた。

人間は多面体。色々な顔を持っている。

歌手として歩き出したCoccoという歌手の人格、そうではない一人の人間としてのCocco。

自分の中での葛藤を描いた曲なのではないだろうか。

 

あなたの歌がきこえないように 耳をふさいだ
あなたの指が しみついたままで遠くへ
からまる舌を切り落としたのはあなたじゃなくて
もつれた腕に爪を立てたのは
今さら水面に歪む影
さあ わたしは何処へ?

出典:作詞作曲こっこ「水鏡」/Coccoより

 

自分の体を抱きしめるように、その腕に爪を立てて苦しんでいる姿をうつす、水面。

自分はどこに向かって行けばいいのだろう。

水鏡がうつす自分は一体誰なのか。

曲の雰囲気からも切迫した苦しみが伝わってくる。

 

 

けもの道

 

八番目のシングル曲。

ヘビーなサウンドでCoccoの作品の中でもかなりダークな一曲。

「カウントダウン」と同じような怖さもあり、「カウントダウン」よりもバージョンアップした内容だ。

しかしながら直接的な残酷な表現はほとんど使われておらず和製ホラーのようだ。

間奏には悲鳴のような叫び声、最後にはオペラ座の怪人と匹敵するほどの高音で聴く者を圧倒する。

 

「雲路の果て」から「けもの道」までの四曲はアルバム「ラプンツェル」に収録されている。アルバム「ブーゲンビリア」と同じぐらい名曲揃いのおすすめアルバムだ。

 

 

焼け野が原

 

十一番目のシングルで活動休止前最後のシングル曲。

この時Coccoは指輪をしてお腹には子供がいたと思われる。

東京での色々な思い出を抱えながら故郷沖縄に帰る。

 

ミュージックステーションでこの曲を披露したCoccoは歌い終えるとマイクを床に置いて泣きながらスタッフをかきわけスタジオを出ていってしまうというハプニングがあった。

それほど活動休止という決断は彼女にとって辛いものであってし、それを曲にした「焼け野が原」を歌い感情を抑えられなかったのだろう。

東京は沖縄に比べ寒く、沖縄の空はとても遠い、と故郷を懐かしむ気持ちが表れている。

 

まとめ

 

Coccoは女性が抱く純粋な気持ちや、心の奥底にある闇をストレートに歌った曲が多く

ヘビーなバンドサウンドにも負けない高い歌唱力でその声は心にダイレクトに響き渡る。

ちょっと病んでる曲が聴きたいなと思った時には今回紹介したような初期~中期の曲をおすすめする。

故郷沖縄を題材にした曲も多く作っているので、沖縄に関心がある人にも是非おすすめしたい。

 

 

 

 

 

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