なんちゃってホームレスをしていた10年前の話

なんちゃってホームレスをしていた10年前の話

こんばんは、19歳の頃に1か月なんちゃってホームレスをしていた青海ゆうきです。

帰る家はあったけど、所持金なしで東京に行って日雇いバイトとかしながら生きていました。お金がある時はネットカフェで寝て、お金がない時は店員がなかなか来ないマックの地下のフロアで寝てました。

食べるものを買うお金がない時には水道水と試食コーナーのものを食べたり、猫缶を食べてみたり。

猫缶ってツナ缶みたいなものだと思っていたけど、味全然なかったです。




何でホームレスしてたの?

正直に言いますね。職場からバックれたかったからです。ほら、ただ行かないだけだと家に来ちゃうかもしれないじゃないですか。

だから入院してるふりして山口から東京へ高飛びしたんです。どんだけ逃げたかったんだよって話ですね。

今でこそ、病んでる人こと青海ゆうきです♪(てへぺろ)

って言えますけど、病み始めた頃はそんな風に割り切って言えなかったんですよ。そして、体から出る負のオーラのせいで職場の一番偉い人に、

「仕事中は笑顔なのに、どうして出勤してきた時は暗い顔してんの!」

ってなんか知らないけど怒られちゃって

「何かあるなら話てごらん」

って言うから、自分のこと話したら

「私の息子なんて心臓病を患っててあwqせdrftgyふじこ」

と、あなたなんて大したことない!と自分の息子の話をし始めて、それまで平和に仕事をしてきたつもりだったのに一気に嫌になって結果バックれました。

なんちゃってホームレスはなかなか過酷でした。日雇いのバイトで工場に行った時なんて、誰も何も教えてくれなくて、ただ現場に連れて行かれただけ。仕事の説明一切なし。

なんてこともあったし、パン工場の窯の一番近くで焼かれる前のパンに8時間ひたすらレーズンを振りかけるバイトも地獄でした。
暑いのに水分補給1回しかできないし。

10年前の派遣バイトなんて、今よりもっと酷い環境だったんですよ。その時登録していた派遣会社は見事に全部なくなってます。

そんな感じで1か月が過ぎて、帰るためのお金(3万円)が貯まったので無事に山口に帰還しました。

バックれた職場の人が来たりとかはなかったけど、数年はヒヤヒヤしてました。チキンハートなので。

でも今思うと、それだけ追い詰められてたから所持金なしでいきなり東京に行くとかいう選択ができたわけで、今やれって言われても無理だなぁと思います。

東京って怖いけど面白い

やることがなくてフラフラしてると、声かけられるんですよね。詐欺師とか宗教の勧誘とかに。宗教の勧誘はわかりやすいのでいいとして、詐欺師に出会った時はそれが詐欺だってことには最初全く気付きませんでした。

英会話教室の勧誘を装った詐欺だったんですけど、これからはグローバルな時代だから英語を話せたほうが良いですよ。という話から、実際に教室を見学できますよと見学しに行ったり(教室っぽい場所はあるけど誰もいなかった)、最終的にご飯奢ってもらって、入会しなくてもいいからアンケートに答えてと用紙に名前と住所書かされて。

教室を見に行くちょっと前の段階で怪しいなと思ってそれ以降は警戒してたので被害には遭いませんでした。アンケートも転写式になっていて、1枚目はアンケートなんですが2枚目は申込書なんですよ。

勿論嘘の名前と住所を書きました。

私、この詐欺の手口の人に運よく3回ぐらい出会って、ご飯食べさせてもらったのである意味助けられました。今もいるのかな?そういう詐欺をしている人たち。私が出会ったのは新宿と池袋でした。

みなさんも初めて東京に行く時は気をつけたほうがいいですよ。話しかけられたら全員詐欺師だと思ったほうがいいです。

その後東京へは行った?

毎年は行かないけれど、東京へは2年に1回くらいは遊びに行ってます。本屋とCD屋、文具店巡りばかりしています。10年前のように何かの勧誘や詐欺師に全く出会わなくなったのは治安が良くなったからなんでしょうか。

そして東京へ行ったあとは必ず体調が悪くなります。だから頻繁には行けないんですよね。

田舎で育って現在も田舎に住んでいる私には都会の空気が完全に毒みたいです。

とか言ってる喫煙者です。

ホームレスをすることはないだろうと思っていますが、この先仕事がなくなったり働くほどの力がなくなってしまったら強制的にホームレス生活に突入するかもしれませんね。

しかしホームレスとして生きるのもなかなか大変なので、働く力がなくなったら人生終わりだと思っています。日本はまだまだ住みにくい国だと日々思っています。日本の好きなところもたくさんありますけどね。

寒くなってきたのでみなさんも風邪などひかれないように。

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