
女ってこわーい。どうも、青海ゆうきです。
今回は辻村深月さんの「盲目的な恋と友情」の考察記事だ。
例にもよってTwitterで鬱小説として紹介していただいた本でとても読みやすく2日で読み終えた。
最後のオチまでは書かないがそれまでの話は書いていくのでネタバレが嫌な人はブラウザバックを推奨する。
「盲目的な恋と友情」のあらすじ
本作は恋の章と友情の章の2部構成だ。
恋
前半、恋の章は大学のオケでバイオリンを担当する蘭花と、指揮者として招かれた茂実の恋の話。
惹かれ合うようにして出会った2人は美男美女でお似合いの2人だった。
交際を進めていくうちに茂実が師事する指揮者、室井にも紹介され将来は海外生活を一緒にすることになるという話まで持ち上がる。室井夫妻は昔から茂美の世話をしてきたという。
喧嘩もあるが順調に日々を重ねていく2人にある事件が起きる。
フレンチレストランでのデートで、慣れない赤ワインを飲みすぎてしまった茂実は泥酔してしまい蘭花が彼のマンションまで送ることに。
マンションの前に着くと彼の部屋から室井の妻、菜々子がやってきて茂実を介抱しながら部屋へと連れていってしまったのだ。
今日のことをまるで知っていたかのように。
蘭花は菜々子が茂実と寝ていると悟る。
菜々子は茂実のことを支配していた。
蘭花に買ったネックレスは菜々子と茂実が一緒に買いに行ったもので、デートのレストランも菜々子が紹介した店だ。
そして茂実に蘭花を勧めたのもまた菜々子であった。
このことが原因で関係を悪くしていったのだが決定的なのは茂実と菜々子の関係が室井にバレてしまったことだった。
室井は勿論怒り、茂実を見放すことに。茂実は後ろ盾を失い、音楽業界から干されることになってしまう。
そして茂実は仕事も名誉も金も失いだんだんと落ちぶれていく。
そしてある日、茂実は陸橋から落ちて死んでしまう。
恋の章の冒頭は蘭花と会社の後輩乙田との結婚式から始まる。
そこですでに、茂実が死んでいることは明かされてから回想とその先へと続く。
友情
後半の友情の章は蘭花のオケ友達、留利絵の話。
恋の章では蘭花と茂実の他に、オケの友達として留利絵と美波がよく出てくるのだが、その留利絵を一人称とした話が友情の章だ。
容姿にコンプレックスのある留利絵は美しい蘭花と友達になると、蘭花にならなりたいと思うほど好意を寄せていく。
同じオケ友達の美波は蘭花と仲が良く、自分とは合わないと感じていて、蘭花と美波が仲良くするのがどうも許せない。
とくに蘭花が美波のことを「親友」と言う度に嫉妬し、自分の方が仲が良いはずなのに美波にしか相談していないことがあると凄まじく怒り傷つく。
茂実のことで心配になった蘭花の母親からルームシェアしてくれないかと頼まれ、母親にも気に入られたという自信でいっぱいだったそんな時、茂実が家にやってきて蘭花が部屋へ入れると気をつかって外に出ていくのだが、茂実が帰ったあとも連絡が来ず、帰ったと思えば蘭花は美波と電話していて腹を立てる。
茂実と蘭花がうまくいっておらず、2人が会う約束をしていた場所へ行き、死にかけていた茂実からスマホを奪いその場を去る。
そのスマホには、茂実と蘭花の情事が映った動画があり蘭花は、別れるならこの動画をばらまくと茂実から脅されていた。
蘭花が乙田と結婚が決まると、自分への感謝が一言もなかったことや、別々に暮らすことが当たり前のことのように話もなかったことへ苛立ちを覚える。
結婚式では花嫁に近い席に招待され、美波は一番遠くの席であるということに蘭花からの優しさを感じる。そして友人代表としてスピーチをすることとなる。
「盲目的な恋と友情」のレビュー&考察
ここからは一部引用しながらの考察となるのでご注意を。
恋に盲目状態の蘭花
とにかく恋の章は蘭花の盲目ぶりがぎっしり詰まっている。
蘭花はとくに好きでもないけど自分に唯一告白してきた男と付き合っていたが、それは恋ではなかった。
初めて恋をし、初めてセックスが気持ちいいと感じた相手、それが茂実だ。
彼女が恋に溺れれているというのは最初から最後まで変わらない。
前半部分では、茂実の大学の同期の平野という男が少しだけ出てくる。皮肉ばかり言ってくる平野に茂実は呆れ冷めた視線をおくるのだがその時に、
人が、こうまで、侮蔑としか言いようのない視線を誰かに向けるのを初めて見た私は、茂実のことを抱きしめたくなる。彼は美しく、そして、友人をバカにしていた。気高く他人を見下すこの人が、愛おしかった。
「盲目的な恋と友情」/辻村深月 新潮文庫P45より
と蘭花は思うのだ。人が人を軽蔑する時の表情でさえ、美しいとか愛おしいと思うのはもう恋に溺れているという以外言葉が見つからない。
そんな蘭花だから茂実が普通の人からしてもかっこいいと思われるような場面では、自分の恋人であることが嬉しくて誇らしくてたまらないのだ。
しかし2人の恋は菜々子によってすぐに影を落とすことになる。
蘭花は菜々子と初めて会った時、
四十代後半ということだったが、とてもそうは見えない若さと美しさだった。
「盲目的な恋と友情」/辻村深月 新潮文庫P61より
と評しているのだが、茂実と菜々子が寝ていると知り憎しみが増していくと、
このオバサンと、どうしたらベッドで過ごそうなんていう気になるのだろう。大ぶりな石のついたネックレスの下にある胸の膨らみが、生々しく、汚らわしかった。
「盲目的な恋と友情」/辻村深月 新潮文庫P88より
とまでに、見方ががらりと変わる。一度は美しいと思った人のことをオバサンだの汚らわしいとまで思うのは容姿の問題ではなく、蘭花の心の問題だ。
恋人が自分以外の人間(しかもとても年上の女)と寝ていると知ったらそれは誰しも怒るだろうが、ここまで相手の容姿にすら嫌悪感を覚えるのは本気で憎んでいる証拠だ。
蘭花は茂実に恋してから、本来の自分の意見というものが薄れていき、他人は自分と茂実にとって害がないかあるかの二択でしかないような思考になっていっているのだ。
菜々子との関係を茂実に聞いても、そういう関係ではないと嘘を貫かれ、菜々子は認めはしないがそうだと言わんばかりの言動。
冷静に考えれば、茂実に対してだった怒っていいはずなのだ。
しかし蘭花は、悪いのは菜々子で、菜々子によって茂実は「支配されている」と思う。
蘭花は茂実に恋をしているだけでなく、かなり依存してしまっているのだ。
その依存の片鱗が冒頭部分でも読み取れる。
仕事もお金もなくなり、金をせびるようになった茂実に対し、別れようともせず、セックスも拒まず、彼が死んで乙田との結婚式の最中にもまだ彼を想う。
僕も人に依存した経験があるから、蘭花の気持ちはとてもよくわかる。
依存した恋というのはいつまで経っても忘れられず、心に闇として居座り続けるということも。
留利絵の友情は自分を肯定するためのもの
留利絵はとにかく蘭花に認められたい女性。
自分の容姿にコンプレックスがありいじめられていた経験から人がコソコソ話すのを異常に嫌がる。
自分を変えるということを諦めてしまっているが、自分を認めてもらいたいという欲求は人一倍強く、蘭花という他人から羨まれる美貌を持つ人間と仲が良いということを一種のステータスとしている。
中学生の時に仲良くなった女子に、
肌、そこまでひどくないよ。(中略)顔だって、留利絵の内面と向き合えば、かわいいし、私は好きだけどな
「盲目的な恋と友情」/辻村深月 新潮文庫P153より
と慰められるも、そこまで、ってどこまでなら酷くて、内面と向き合わなければ評価されなくて、好きだと個人的な意見では何の慰みにもならない、と思うぐらい捻くれた部分がある。素直に励ましてくれてありがとう、とはいかないのだ。
ただ言葉というのは慎重に選ばなければならない。
肌ひどくないよ、かわいいと思うし私は好きだよ、と友達が言っていればいちいち言葉の裏を返すようなことを思わなかったかもしれない。
いや、留利絵なら、そんなまるっきりの嘘をついてまで慰めないでくれ、とでも言うだろうか。
恋愛の話題にはついていけなかった留利絵だが、蘭花と仲良くなってからは違った。
他の子が合コンだ浮気だと話している時にも、私は、不倫や愛人や大人の恋について蘭花から相談を受けてるもーん、と同級生の話を少し見下していたりする。
まるで自分が経験者でもあるかのように錯覚しているのだ。
ここまで留利絵のことを書くと、かなり厄介な女の子だな、と思うかもしれないが人付き合いをステータスとする人はかなり多くいるのではないかと僕は思う。
大して仲も良くない顔見知りの有名人を友達と言ったり、みんなからチヤホヤされる男子に遊ばれて捨てられただけなのに、自分がフってやったと言ってみたり。
留利絵はその象徴のように描かれているだけで、意外と多くの人に当てはまる要素を持ったキャラなのではないだろうか。
美波は表裏の少ない素直な子
この本を読んだ人は、もしかしたら美波についてあまり良い印象を持ってないかもしれない。
後半の友情の章では、留利絵がことごとく美波を嫌っていて、美波が陰口を言うような、いじめで言えばいじめてる側のような印象を受ける。
しかしこれは留利絵の一人称視点での美波なのだ。
美波は留利絵のバイオリンを初めて聴いた時に絶賛しているし、蘭花を紹介したのも美波なのだ。
美波は所謂ムードメーカーで、合コンや遊びも派手にやっていたがかと言ってオケ活動を疎かにしているわけではない。
男子がふざけてオケ内の女子の人気投票をコソコソやっていた時も、美波は留利絵を気遣ってくれているし、どう考えても良い子なのに、留利絵は美波のことが嫌いで仕方ない。
友達が多くて明るくて化粧もするし合コンもする、自分とは違うタイプの人間に対する偏見と、蘭花のとくに仲の良い友達、ということだけで、美波=悪となってしまっているのだ。中盤から終盤にかけては嫉妬と悪意のメーターが上がりまくって、読者も美波は嫌な人間という風に留利絵によって(勿論作者によって)印象操作されていく。
しかしこの話を冷静に読んで考えてみれば、おかしいのは主人公2人であって、美波は一番まともな人間であるということに気づくはずだ。
そして美波が陰口を言っていると書かれている部分は、ほとんど留利絵の被害妄想だと言っても過言ではない。
MUBOOK的評価
悲しい ★★☆☆☆ 切ない ★★★☆☆ 苦しい ★★★☆☆ 暗い ★★☆☆☆ 重い ★★★☆☆
合計 13/25★
病んでる度70%
作品全体としての重さはそこまで重くはないが、人物に焦点を当てるとかなり病んでいると言える。
また今回のレビューでは最後のオチは書いていないのだが、そこがかなり病んでる度を上げている。
まとめ
「盲目的な恋と友情」はタイトル通り、恋と友情に盲目的になる2人の女性の話だ。
一人称視点で描かれているため、それぞれの心情が深く書かれているし、一人称だからこそ、その周りの人間がどういう風に映るかというのもとてもリアリティがある。
きっと読者も盲目的になってしまうだろう。
また会話も秀逸で小説でありながら現実であってもおかしくないと言えるほどリアリティがある。とくに女性の方におすすめしたい本だ。
そしてこの記事はあえて最後の場面については触れていない。実はラストの部分がこの物語の非常に重要な部分であると僕は思っているし、そこは知らずに読んでもらいたい。
是非最後まで読んで、何故そうなったのかを考える時にこの記事を参考にしてもらえば幸いである。